2015年12月23日 (水)

2016年筮(冬至の日に)

昔からなぜか易者の間では、冬至の日に次の1年の運勢を占う「年筮」というものをやる習わしがあります。まあ、来年の運勢を占い、どんなことがあるかを予測するのは紫微斗数でもできる(というか僕はそれでやっていますw )のですが、ここ数年、冬至の日の年筮も立てています。

  去年の年筮の書き込みはこちら
  一昨年の年筮の書き込みはこちら

今年も立ててみました。でもその前に、まずは去年の結果を振り返ってみます。

去年得た卦は「地雷復」。

去年のそのエントリーにも書いていますが、地雷復は冬至を表す卦でもあります。冬至の日、特に去年は新月が重なる朔旦冬至だったので、そんな日に立卦して地雷復という冬至の卦を得たのは、とても印象的でした。なので思わずブログに書いたのです。

で、結局去年はどんな1年だったのか?

そこ(去年のエントリー)にも書きましたが、一陽来復と言うほど一昨年が悪いというものでもなかったので、この「一陽来復」をどう解釈すればよいのか、はてさて、頭をひねりました。この1年を振り返ると、講義・研究活動は一昨年の継続で、さほど大きな変化はありませんでした。ただ、東京研究会のメンバーが少しずつ増えてきて、実践練習主体になったこと、福岡でも少人数ながら研究会が発足したこと、などが変わったといえば変わった点でしょうか。

また冬至を一年の切り替わりとして運勢を見れば、去年の年末にはじめてコミケに参加して同人誌を出展しました。コミケでの売上はさほどでもなかったのですが、コミケ後に口コミなどで順調に在庫がはけました(まだ在庫は残ってるんですが)。前にご紹介したように、今年の年末の冬コミにも出展します。

それと自分として大きなエポックだったのは、「紫微斗数実占ハンドブック」を発行できたことでしょうか。

ズバリ一陽来復だったのかどうかはよくわかりませんが、そうして振り返ると、今まで準備していたものを、とりあえず一矢放ってみた、という感じな年だったのかなあ。

復卦は初爻が陽爻で、あとはすべて陰爻。図にかくとこんな感じ。

— —
— —
— —
— —
— —
———

自分ではよくわからなかったので、先日ある研究会で生徒に聞いてみたところ、「先生!やはり今年はまず本を1冊出したということですよ。」とのご意見を賜りました。てことはこれからあと5冊本を書かにゃならんということか(笑) いあ、5冊どころか8冊分くらいの構想はあるんだけど。。 でも本を書くのがこんなに大変だとは思わなかったよ(^^;; いったい何年がかりになるだろう。

>>紫微斗数で見ると来年の僕の運勢は、とにかく仕事が忙しくて(よく言えば充実して)ヘロヘロになって、逃げ出したくなるような1年、てな感じなのですが。。

と、去年書いたのですが、確かに「ハンドブック」は何度も何度も書き直して編集もやり直して、書いててヘロヘロになりましたww 途中で投げ出したくなることも一度ならず。


はてさて、では来年はどんな年になるのか。
昨日、今年の冬至の日に得た卦は「天風姤」の四爻変でした。図に書くと次のとおり。

———
———
———
———
———
— —

去年の「復」卦と比べると、ちょうど各爻の陰陽が逆転した卦です。なんか面白い。ようでけてるなあ。んじゃ、来年は今年と真逆なことが起こる年?真逆ってなんだー?? 先ほどの生徒さんの解釈の流れで行くと、今年は本を5冊書く?んな無茶な(>_<) コミケの同人誌も冊数に入れていいかな?(笑) 

姤の卦辞には「その女は傷ついている。娶ってはいけない」(三浦國雄「易経」角川文庫p.178)とあります。いあ、今さら結婚するなんてあーた、んなことありゃせんがな。というのはあまりにも直裁的な解釈。

銭天牛先生の「銭流易占」によれば、姤は皇后の「后」に通じ、エライ女性がからんでいるとあります。エライ女性から引き立てを受けるのか、はたまたいぢめられるのか。うちで一番エライ女性はもちろん奥さん。しかし奥さんの尻の下に敷かれるのは、なにも今に始まったことではないww

また「銭流易占」には、邂逅の「逅」に通じるものもあり、不意の出会いやめぐりあいともあります。新しい人物や出来事との出会いがあるのでしょうか?

四爻の爻辞を見ると「包に魚なし。起てば凶」とありますので、なにかカラ回りすることがある?すっぽかされる。まあ、あまり欲を出すとろくなことがないということでしょうね。

ここで四爻を変じさせて之卦を出すと「巽為風」になります。

———
———
— —
———
———
— —

これは風の卦です。
風に吹かれてひらひら舞う。ということで、ビラ、チラシ、手紙、TV、ラジオ、出版などが連想されます。今の時代、当ブログのような ITネットワークも表すでしょうか。うーん、メルマガでもはじめようかな(笑)

また、風に吹かれてうろうろ出歩く。来年はあちこちふらふらと出歩くことが多くなるのかも知れませんね。

来年は夏コミも受かるのかな?(^^

まあどんな1年になるのか。
楽しみにいたしましょう。


【追記】

術友の大石眞行氏も昨日ブログに冬至易のことを書いていて、とてもいいことを言ってます。

来年はどんな年にしましょうか?という問いが正しいのだと。
どんな年になりますか?ではないのだと。
そしてそのために何をしたらよいのか?と。
それを問うのが正しい占いの使い方なのだと。

いあまったくその通り。
いいこと言うなあ(^^

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 5日 (金)

同窓生との酒宴

先月のこと、5月のゴールデンウィークの話である。

高校時代の同窓生数人と大阪梅田で飲んだ。高校時代、仲良かった(つるんでやんちゃしてたとも言う)何人かの仲間たちが、いつの頃からか盆暮れの帰省に合わせて集まって飲むようになった。とはいえ、消息不明の者や、その時々の仕事の都合やその他の事情などで、常時集まるのは3〜4人の、こじんまりとした会合である。

今回、そのうちのひとりT君から、連休に合わせて大阪に行くんで集まって飲めへんか、とメールがあった。都合がつく(ヒマであるとも言う)僕とM君とで、阪急梅田のガード下の店で一献傾けた。

これだけ長くつきあっていると、結婚、子供の誕生、子供の成長、転勤、会社を変わる、などなどそれぞれが人生の節目を経験し、そのつど近況報告も含めそんなことも話題にしてきたのだが、ぼつぼつお互い定年退職を迎える年齢になってきた。僕はこちらでも書いているように、一足早く会社を定年退職し、今は自由業という名の熟年ニートを決め込んでいる。まさかほんとに占い師になるとは思わなかったが、現在ささやかでも収入を得ているのは占いを通じてのみなので、占い師というか術数研究家というか、まあそういうことになるのだろう。

で、同窓生仲間にそんな話をしていたら、彼らは全く門外漢ながらも僕が占いというものをどう捉え、どう向き合っているか、なんとなく理解してくれている。竹馬の友とはありがたいものである(M君とは高校の同窓でもあるが、小学校からの同窓でもある。まさに竹馬の友だ。)

で、まあそんなおっさんたちが集まって飲む。互いの近況や昔話、さらには米朝師匠とうとう亡くならはったよな、もう近日講演やなく本日講演になってしもたな、などと最近の世間の話題なども肴に杯をあおる。そのころ関西では、5月17日に行われる大阪市の住民投票が話題になっていた。ちなみに僕もT君もM君も関西人ではあっても大阪市民ではないので、直接には関係はない。でもまあ、関西では大きな話題である。座がその話に及んだ時、なんならそれを占ってみようか、と僕は言った。「おお、おもろいなそれ、占ってみてくれ。」とT君もM君も身を乗り出した。

僕はポケットから6枚の硬貨を取り出しテーブルの上に投げた。得卦は雷天大壮の上爻変。僕はおもむろに解説をはじめる。

「これが易の卦やねん。下が天、上が雷。天の上で雷がゴロゴロ鳴っている、てな様相や。さあてこれをどう読むか。確かに今の状況、みんなの気持ちをよく表してると言えるな。勢いは強い、気持ちもたかぶっている、でもカラ雷という言葉もあるぞ。」

と言ったところでT君が感心したように言った。

「そうか、占いっちゅーもんはそういうもんなんか!易の卦をどう当てはめて読むか。それが占い師の腕、っちゅうもんやな。」

「せやねん。占いっちゅうのはそういうもんやねん。どこの占い探しても、大阪市の住民投票は賛成派が勝つとか反対派が勝つとか、そんなん書いてるもんなんか、あらへん。出た目をどない読むか。これが占いやねん。まあ、易の卦という象徴をどう森羅万象に当てはめて考えるか。言ってみれば、すべての事象をいくつかの象徴に関連づけて考える知的ゲームやね。」

占いには全くずぶの素人であるはずのT君が、はからずも占いの本質を突くようなことを言ってくれて、僕はすごく嬉しくなった。なので続けて爻辞も読み上げた。

「ちょっと待ってな。易はさらに細かいことが書いてる文章があんねん。いつも易経は持ち歩いてるから読んでみるな。『羝羊まがきに触れ退く能わず進む能わず、利するところなし、苦しめばすなわち吉。』どういう意味かというと、いきりたった牡羊が垣根に頭を突っ込んで、にっちもさっちもいかんようになった状態やな。で、何の利益もないが苦しんだら吉になると。」

それを聞いたM君がこう言う。

「羊というのを聞いて僕は市民を連想したな。これは羊すなわち市民が苦しむが、そのことによって市民にいいことがあると。ということはやっぱ賛成派が勝つんとちゃうか?」

僕はそれに応えて

「これはどっちかと言うと、おとなしい羊やのうて、血気盛んな牡羊のイメージなんやけどな。素直に読んだら血気盛んな方があかんくなる。せやから賛成派が負けそうに思えるんやけどな。ま、占いと言うても酔った席での占いや。易の神様は酔って問えば酔って答う、っちゅーてな、酔っぱらいには酔っぱろうて返してくれはんねん。ま、どうなるか、もうすぐ結果でるし、楽しみにしてよか。」

 
 
結局、大阪市特別区を巡る住民投票は僅差で反対派に軍配が上がり、特別区は白紙になったわけである。僕の卜占にしても、酔った上で占的も明確にせずにおもむろに硬貨を振った程度の占いである。(それにしては的確な卦が出たと思うが。)当たった当たらなかったという結果はさておき、占いには全く素人の友人が占いの本質を理解してくれた。しかも果敢に卦を読む(象徴解析)ということにもトライしてくれた、ということが嬉しくて楽しくて、こうして一文をしたためてみた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月23日 (火)

冬至の日に冬至の卦を得た話(2015年筮)

昨日は冬至でした。特に今年は19年に一度という朔旦冬至。
朔旦冬至については、ネットニュースのあちこちでネタにされてましたし、またいろんな人がネットでいろいろ書いてたので、詳しいことは省略します。まあ、要するに冬至と新月が一緒になる日なのだということ。

ということで、昨日、太陽と月の活動は極小を迎え、今日からそれぞれが活動を増やしていく。そんな日だから、ある意味すべてが改まるとき、新しい年が始まるとき。

ということなのでしょうか、昔からなぜか易者の間では、冬至に翌年の運勢を立ててみるということをやります。グレゴリオ暦の1月1日でも、節月の立春でも、旧暦の正月でもいいと思うんだけど、なぜか冬至に立てる。

で、昨日はそんな特別に新年を思わせる日だったので、僕も年筮を立ててみました。

で、得た卦が「地雷復 五爻変」。

これって、一陽来復と言って冬至の卦なのです。
冬至の日に冬至の卦を得る。

ううむ、なんかビンゴやん!
宝くじ買ったら当たるかな?
ああでも、年末ジャンボはもう終わっちゃったよ。


だめじゃん。


でも、一陽来復。
冬来たりなば春遠からじ。
冬を抜けて春が来る。

って、俺の去年って冬だったのか?
そんなに悪いことはなかったぞ。


そうそう。去年も年筮を立てたんだっけ。
http://the-fortuneteller.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-9a6f.html

そんなに豊かな一年だったかなあ?
金銭的にはむしろしょぼかったよ。
でも、受講生用の資料が一応かたちになったし
出したいと思ってた資料も仲間の手を借りてかたちになりそうだし
精神的には充実してたかな。

あ。
確かにガラケーからスマホに変えたw
PCもリニューアルした(前のが動かなくなったので)ww


また、仲間と語らってネットを含めていろんなことやろうぜと
そんな話にもなっている。

なので「豊かな実り」というよりは、むしろ準備を整えていた1年という感じだったかな。

来年はその準備していたものが一陽来復で解き放たれる年になるのでしょうか?
でも五爻の爻辞には「敦く復る」とありますので、なにごとも真心を持って臨まなければいかんぞと、易の神様はおっしゃっておられるようです。


紫微斗数で見ると来年の僕の運勢は、とにかく仕事が忙しくて(よく言えば充実して)ヘロヘロになって、逃げ出したくなるような1年、てな感じなのですが。。


はてさて、どのような1年になるでしょうか。
楽しみです(^^

| | コメント (0) | トラックバック (0)