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2015年11月

2015年11月17日 (火)

「紫微斗数実占ハンドブック」発刊(本日発売)【追記あり2016/03/30】

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このたび、東京十条の鴨書店様から、拙著を販売していただくことになりました。発売元は鴨書店様ですが、発行者は私、椎羅です。ということで、自己出版ということになりましょうか。

ソフトカバー(pp加工フランス製本)
B5サイズ
394ページ
定価8,000円(税別)

価格についてはもう少し安くしたかったのですが、少部数発行の特殊な分野の専門書です。どうしても印刷経費や流通経費、その他経費がかかってしまってこの設定になりました。さすがに赤字になるのはつらいので、どうかそのへんの事情を、ご理解のうえご寛恕いただければ幸いです。

ということで、決して安くはない書籍なので、東京近郊の方は鴨書店様に出向かれて、実際に手にとってご確認ご納得のうえ、ご購入いただきたいのですが、遠隔地の方は、鴨書店様の通信販売になると思います。なので以下、少し長くなりますが、その内容をここで、できるだけご案内させていただきたいと思います。

本書籍は、もともと私が門下生や受講生たちのために作成した資料が元になっています。紫微斗数に限らず、占術の実践は技術です。その技術を高めるためには、基本的な理論や技法の習得はもちろんのこと、合わせて多くの実例に当たって実占研究することが、大変重要となります。本書は紫微斗数の実占に必要となる帳票や資料を一冊にまとめた資料集です。門下生たちが紫微斗数の基礎を学習し、次に数々の命盤を読み解いていくときに、その際のガイド、羅針盤となるように作成したものです。私自身、実占の場に持ち歩けるコンパクトなハンドブックが欲しかったということもあります。

ですので、入門書ではありません。ある程度紫微斗数の基本がわかっている方が、次のステップに至るためのガイドブックなので、全くの初学の方は、他の入門書などで紫微斗数の基礎を学ばれた後に、本書を手にとっていただきたいと思います。また、熟達の方の使用にも耐えるよう、筆者長年の研究を織り込んだつもりです。

本書は4章の構成になっています。

■第1章 紫微斗数命盤作成諸表
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紫微斗数命盤を作成し、110個の星曜および命主星、身主星を作成するために必要な諸表をまとめてあります。
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また、110個すべての星曜の象意と属性の一覧表をまとめてあります。

■第2章 紫微斗数14主星配置一覧
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本書のメインとなる章です(288ページあります)。紫微斗数の14主星の配置は、紫微星がどこの宮に入るかによって決定されますので、12通りの配置パターンがあります。また、どの宮が命宮に該当するかで、兄弟宮以下の残りの11宮の配置が決定されます。つまり、14主星配置パターンそれぞれに12通りの十二宮の配置があることになります。したがって、命盤の14主星の配置は12×12=144通の配置パターンがあることになります。この章では、その144パターンすべてを集約し、一覧表として詳細に解説を施しました。

見開き左ページには、紫微斗数命盤のかたちで、そのパターンの特徴や性質を記述してあります。中央の大きなマスに、命宮を主体に見たその命盤全体の持つ特徴や性質が述べられています。周囲の11宮のマスの中には、それぞれの宮が示す特徴を記述しています。

14主星で構成される格局があった場合、命宮だけでなくその他の宮においても、その全ての格局名を記述してあります。また命宮が格局を持つ場合、その格局の特徴を簡単に記述してあります。格局の詳細については、第3章を参照してください。

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見開き右のページには、生年干から導かれる9つの星曜について、十干別に記述し、その特徴のポイントを簡単に記述してあります。また、これらの星が格局を構成した場合、その格局名も記述しました。

■第3章 紫微斗数格局一覧表

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紫微斗数の格局のうち主なもの88を選び、その構成、長所、短所を解説してあります。

■第4章 新暦旧暦(太陰太陽暦)変換表

いわゆる万年暦です。1901年から2030年までの130年間の暦を掲載しました。

中国の暦と日本の暦とでは時差により、たまに一日ずれる月が発生しますが、本書では中国の地方時による中国暦を掲載しました。現在、わが国では中国暦はわずかしか発行されていません。日本暦は数多く出版されていますので、日本暦を採用している方は、そちらを参照いただければよいと考え、本書ではあえて中国暦を採用しました。


以上、長くなりましたが、このたびの拙著の内容をご紹介させていただきました。本書が紫微斗数命盤を読み解き、その研究を深める一助になれば、筆者これに過ぎる喜びはありません。



【追記(2015.12.21更新)】

多くの方々にご紹介いただきました。
どうもありがとうございます。
感謝をこめて、現時点で把握しているものをご紹介いたします。

大石眞行さん
丁寧なご紹介、ありがとうございます。いやはや恐縮しごく。汗が出ます(笑)

田中俊平さん
こちらも丁寧なご紹介、ほんとうにありがとうございます。

mikoさん
こちらも心温まるご紹介、ありがとうございます。

奥山さん
こちらもご丁寧なご紹介、ありがとうございます。

占術スクールカイロン様
こちらにありますように、カイロン・カフェに見本を置いてくださいました。
大阪近辺の方は、こちらで見本を手に取っていただくことができます。

ふうちんさん
ご丁寧なご紹介、ありがとうございます。

北斗柄さん
身に余るご紹介、ありがとうございます。

津軽のやまちゃんさん
ブログでのご紹介、ありがとうございます。

玖守真由子さん
ブログでのご紹介、ありがとうございます。

林巨征さん
ブログでのご丁寧なご紹介、ありがとうございます。恐縮しごくです。

その他、ツイッター、フェイスブック等で拡散してくださったみなみなさま。すべてをご紹介できませんが、ほんとにありがとうございます。感謝。


【追記(2016.03.30更新)】

東京神田神保町の原書房さんでもお取り扱いいただいております。ありがとうございます。

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2015年11月10日 (火)

占星術 にしひがし(12という数の秘密)

去年の年末、仲間たちと「占術夜話」という同人誌を作って冬コミで販売したのですが(その詳細はこちら)、その同人誌に僕が寄稿した原稿をアップします(一部修正・加筆しています)。

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東洋の占術をやっていると、どうもその奥に西洋のホロスープ占星術の影がちらちらする。例えば、紫微斗数は生年月日時による12宮の命盤(ホロスコープ・チャート)を書いて、そこからその人の情報を読み取っていく。現在主流となっている西洋のホロスコープ・チャートは円形であり、紫微斗数の命盤は方形であるが、そのことを除けば、星の違いこそあれ、全く同じモデルを採用している。また西洋においても古い時代のホロスコープ・チャートは方形であったと言われているし、今のインド占星術における南インド式のホロスコープは紫微斗数と同じかたちの方形を用いている。さらに、仮に十二支をサイン、宮をハウスと考えると、紫微斗数は西洋占星術のホール・サイン・システムと対応する。紫微斗数はホロスコープ占星術のモデルを採用していると言っていい。

さらに紫微斗数の場合、正反対(180°)に位置する宮を対宮と呼び、4つおき(120°)の宮を三合宮と言って重視するが、これは西洋占星術の「オポジション」「トライン」に相当する。

また、紫微斗数では旺廟利陥という星の輝度(品位)を定めるが、その中で太陽星と太陰星(月)については、一日の中での実際の星の輝き度合いに従ってこれを定めている(太陽星は日中の時間帯は明るく、夜の時間帯は暗い。太陰星はその逆)。しかし若干の例外が認められ、太陽星は最も輝いているであろう正午の時間帯(午)は2番目の輝度の「旺」であり、日の出の時間帯(卯)に最も高い輝度の「廟」となる。はじめのころはその理由がよくわからなかったのだが、「卯」は東の地平線であり、上昇宮(Asc)に該当するので、その位置の太陽に特別な意味を持たせたと考えると納得がいく(この場合「日照雷門格」という吉格を形成する)。また、「午」宮に入った太陽星は輝度こそは「旺」であるが「日麗中天格」という吉格を形成し、紫微星が「午」宮に入ると「極響離明格」という大吉格を形成する。「午」宮は西洋占星術で言うと天頂(MC)に該当するが、これは天頂(MC)に吉星が乗っている状態だと考えれば納得がいく。

他にも六壬では、紫微斗数と同様の12宮による盤を使用するし、そこで使用される「月将」は12サインと対応している。

四柱推命にはそのような影はなかろうかと思われるかも知れないが、十二支の関係を表す「冲」は「オポジション」であるし、「三合会局」は「トライン」である。また松岡氏によれば「支合」は西洋占星術のカルディアン・オーダーに由来するということである(「安倍晴明「占事略决」詳解」松岡秀達 p.57)。

というように、中国由来の占術も、その成立や解釈法に西洋占星術の影響を大きく受けている。ホロスコープ占星術は、紀元前に古代バビロニア地方で生まれ、ギリシア・ヘレニズム文化の中で形作られた。その後、比較的早い時期にインドに伝わり、さらに中国や日本にも伝わった。我が国でも、白鳳時代にすでに、黄道12星座の意匠を描いた「星曼荼羅」が描かれている。これらのことを詳しく見ていくと、文化史的にたいへん興味深いのであるが、長くなるのでその詳細はまたの機会に譲りたい。

以上のようなことがわかると、中国や日本で使われている十二支も西洋由来であると言い出す人が現れた。が、それは違うのである。たまたま12という数が対応しているだけなのである。十二支の発生については様々な説があるが、その起源は「歳星記年法」にあると言われている。中国の古代、木星(中国古代の呼び名は歳星)が、およそ12年で天球を一周することを見て、それをもって年代、年号の記述としたのである。その歳星が今どこにいるかを表すのに「十二次」を用いていた。その十二次が時代を下るにつれ「十二辰」と呼ばれ「十二支」と呼ばれるようになった。どうも、殷代には「十日十二辰」というものがあったようなので、それらの影響もあるのかも知れない。いずれにせよ、「歳星記年法」が使われていたのは春秋戦国時代だから紀元前8世紀~紀元前3世紀頃のことである。西洋由来というのは考えにくい。


ではなぜ、洋の東西同じくして、文化の黎明期に12という数をひとまとまりとして、ものごとを並べたり数えたりする(12を基数とする)、ということが発生したのであろうか?現代の我々は10進数を使っている。つまり10を基数としている。いや、古代社会でも10という数字を基数にしてもいる。十干がそうである。これは、人間の指は右手5本、左手5本なので、ひい、ふう、みい、と指折り数を数えると10がひとつの区切りとなるからだ、と言われている。ではなぜもうひとつ、12という数字を基数としたのだろうか?

ひとつには1年が12ヶ月ということがあるのかも知れない。月は規則的に満ち欠けを繰り返し、およそ12回の満ち欠けで季節が巡る。まず人類は、これを生活のためのカレンダーとして利用したのであろう。我が国では明治5年に西洋のグレゴリオ暦を採用するまでは、この月の満ち欠けのカレンダー(太陰太陽暦:旧暦)を使っていたし、現代でもイスラム世界では太陰歴(ヒジュラ暦)を使用している。西洋においても古代バビロニア、ユダヤ、ギリシアでは太陰太陽暦が使われていた。

日本語でも一ヶ月のことを「月」と言うし、英語の一ヶ月「month」は月「moon」に由来している。古代から人類は月の満ち欠けをカレンダーに使っていたことの査証である。

次に12という数の性質を考えてみよう。10という数は、2と5でしか割れない(数学的には1と10でも割り切れるが)。しかし12という数は2でも3でも4でも6でも割り切れる(数学的には1と12でも割り切れる)。これは計測道具や度量衡が発達していなかった古代社会に住む人々にとって、すごく便利なことであった。だから人類は12も基数としたのだ、という説がある。

たとえば、お爺さんが山に芝刈りに行って、柴をたくさん取ってきたとしよう。それを12の束に分けて束ねておけばすごく便利なのだ。左隣の家の人から分けてくれと言われれば、6束渡せば公平に二等分したことになる。右隣の家からも同時に言われれば、それぞれ4束ずつ渡す。すると公平に三等分したことになる。向かいの家からも言われたら、3束ずつ渡す。さらに向かい両隣の家からも言われたら、それぞれに2束ずつ渡すと公平に六等分したことになる。

このように12を基数とすると、分割分配が非常にやりやすくて便利なのだ。今でも鉛筆などは12本をまとめて1ダースという呼び方をするが、この時代の名残りであろう。また、英語の数詞は、one、two、three、、、 ten、eleven、twelve、thirteen、forteen、、、 と続く。1から12までの呼び方と13以降で呼び方が変わる。これは明らかに古代社会において12を基数としたことの名残りである。

したがって洋の東西において自然発生的に十二支が用いられ、24時間が用いられ、十二刻が用いられるようになったのである。

12という数字の性質により、西洋占星術では「2区分」「3区分」「4区分」が生まれ、オポジション、トラインの概念が生まれた。中国においては、「冲」「三合」「破」「害」「支合」の概念が生まれたのである。東西ともに占星術において12という基数を利用したことで、その検討と工夫に多様性が生まれた。12という数の性質、神秘的ですらある。


 * * * *


ということで、今年も仲間たちと同人誌「占術夜話」第2号を発行する予定です。その詳細が見えてきたら、またこちらでもご案内させていただきますので、よろしくお願いします。


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