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2014年12月26日 (金)

オープンソースということ(コミケに寄せて)

コミケに出展するから、というわけではないのだが、ふらっと立ち寄った書店で「『竹と樹のマンガ文化論』(竹宮恵子/内田樹 小学館 2014.12.06)」という新書を見つけたので買って読んでみた。

竹宮恵子と言えば、僕の世代とても懐かしい漫画家である。懐かしいと言ってはいけない、まだ現役バリバリなのだから。でも僕の若かりし頃、青春時代、萩尾望都、山岸凉子などと並んで夢中になった作家である。「変奏曲」とか「地球(テラ)へ」などは深く印象に残っている。

京都精華大の教授になったのは知っていたんだけど、とうとう学長になっちゃったんだ!凄いな。

で、この本、対談形式なのでスラスラ読めるのであるが、中になるほどとうなづく論点、うならせる論点があって、とても興味深く読めた。いくつも話題にしたいネタがあるのだが、今日はその中でオープンソースということを話題にしてみたい。
 

該当部分を引用する(前掲書pp.36〜37)(引用開始)

内田:戦後、手塚治虫の登場によって加速度的な進化プロセスに入った日本のマンガですが、そのなかで吹き出し、感情線、擬音、擬態語など、アメコミやバンド・デシネには見られない日本マンガ独特の新しい表現方法が次々と開発・発見されました。この日本独自のスタイルが形成された理由を竹宮先生はどうお考えですか?

竹宮:よく聞かれる質問なのですが、その理由について、私には一つの仮説があります。学生たちにもよく話すのですが、要するに、日本のマンガは、始めから「オープンソース」だった、ということです。描き手の発明は、誰が使ってもいい許容の中で成長し続けてきました。

内田:オープンソースですか!その説は今初めて聞きました。

竹宮:どんな新しい表現も最初に誰かが発明して、作品に定着させる。

内田:それを見た他のマンガ家が、「おお、この手があったか」と(笑)

竹宮:そう。これはいいな、と思ったら、みんなで真似をするのです。

内田:真似していいんですね。「真似するな」とか誰も言わない。

竹宮:言わないです。自分たちもずっと誰かの真似をしてきたから。ときどきこの表現はオリジナルだと言う人もいますけど、それは言わないほうがいいよねって、みんなで言ってます(笑)

内田:いい話だなあ。マンガ家は技術についてはコピーライトを主張しないんだ。

竹宮:そうです。誰も主張しないから真似ていい。新しい表現が発明されると、自分でも試して、そこに何か付け加えたくなる感覚があるでしょう。みんなでどんどん塗り重ねていって、さらにバージョンアップされていくわけです。

内田:まさに「集合知」ですね。

竹宮:マンガってそういうものだと思うのですよ。

(引用終了)
 
戦後の漫画はこうしたオープンソースの中で発展し、今の隆盛があると言うのである。なるほど。手塚治虫からトキワ荘の住人やその後継者たちの漫画を、子供時代わくわくしながらリアルタイムで読んでいた自分には、その様子や雰囲気がすごくよくわかる。技術、どころか表現をお互いにパロディーし合って、それがまた楽しそうで、子供たちも面白がって読んだものだ。
 
こうしたオープンソースが、ダイナミックなエネルギーを生み出し、漫画の新しい表現方法が発見・開発されてきたのだと。


ひるがえって、占いの世界を見たときに、どうであろうか。
過去から連綿として「秘伝商法」が続いている。
いや、「秘伝」がいけないと言うのではない。現在の企業にも「企業秘密」があり、国家にも「軍事機密」がある。秘密にすべきものは秘密にしていい。

が、もうちょっとオープンにならないものか。
今の時代、「秘伝」にすがりついていては、いずれ頭打ちになる。かといってオープンにして、開発者に利益がリターンする仕組みがないと、なかなかオープンにはならない。なにかいい方法はないものか。

拙ブログも、秘伝の壁に穴くらいは開ける「占術アーカイブプロジェクト」を作りたいなあというのが、ひとつの狙いなのであるが、なかなかはかどってはいない。ひとえにブログ主の怠慢のなせるところが大であるのだが。。


そんな諸々を考えながら、今後仲間たちと、実験的な取り組みを行ってみたいと思っている。ある意味、今回のコミケ出展についても、きわめてささやかながら、ひとつの実験になればいいと思っている。いあほんと、きわめてささやか、なんですけども。

だから僕が監修した紫微斗数関連の小冊子は、紫微斗数の星から連想される「数」「色」「人物像」「職業」「場所」「身体の部位・病気」などもmiesha嬢と共同で書いてみた。いあ、この程度のことは秘伝というほどものでもなく、台湾書をよく読めばみんな書いてあることである。

何らかのご反響を頂戴できるのかどうか。
それも含めて実験である。


その実験結果を受けて、今後書物として表すのがいいのか、こちらのブログに書くのがいいのか、仲間たちとHPを作るのがいいのか、いろいろと模索を続けていきたいと思う。

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