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2011年4月

2011年4月11日 (月)

【東日本大震災(4)】大震災を機に日本は?(卜占)

ということで紫微卜占
占的:この大震災を機に日本はどのような国になるのか?
占機:2011.3.20 酉刻

命宮(午) 最強(14.8) 火星(廟) 天魁 天喜
兄弟(巳) 強(10.2) 紫微(旺) 七殺(平) 左輔 天馬
夫妻(辰) 平(8.2) 天機(利) 天梁(廟) 天耗
子女(卯) 最弱(10.7) 貪狼(廟) 天耗
財帛(寅) 最強(13.1) 太陽(旺) 巨門(廟) 天鉞 天空 天姚 化禄 化権
疾厄(丑) 最強(16.9) 武曲(廟) 貪狼(廟) 文曲(廟) 文昌(廟) 化科 化忌
遷移(子) 最強(12.5) 天同(旺) 太陰(廟) 紅鸞 【身宮】
奴僕(亥) 弱(4.5) 天府(地)
官禄(戌) 強(10.7) 敬羊(廟) 天刑
田宅(酉) 弱(4.3) 廉貞(平) 破軍(陥) 禄存(廟) 右弼
福徳(申) 弱(5.8) 陀羅(陥) 地劫
父母(未) 平(8.6) 鈴星

命宮が無正曜で、対宮が天同(旺)太陰(廟)紅鸞
今までとぜんぜん違う、とても穏やかで優しい国になるようである。
ここ十数年、我が国の経済成長は停滞しているようだが、それまでは、あの大戦の焼け野原から奇跡の復興を遂げ、世界第2位の経済大国となった。それを表現すると「武曲」であろう。それが「天同・太陰」となるのである。

思えば明治維新以降、富国強兵・殖産興業のスローガンの下、欧米列強に追いつけ追い越せと奮闘努力、アジア諸国の中ではいち早く近代化をなしとげた。それを表現すれば「廉貞」であり「七殺」であり「天梁」であり「武曲」であったのであろう。

追いつけ追い越せ、それはまさに競争社会。戦後もその精神は継続した。受験戦争にはじまって、社会に出てからも競争の連続、息つく閑もない。高度経済成長時代「モーレツ社員」なる言葉も流行った。そう、この国の男たちは家庭も顧みず、趣味も顧みず、ただただ「モーレツ」に働いたのである。そしてここ十数年は実績主義。どれだけの成果を上げたかで評価される。ある意味当然なことなのではあるが、それに適応できない者たちは落ちこぼれ、ついに自殺者は年間3万人を超え、引きこもりを産み出した。

そこから大きく変わるようである。
一言で言えば「経済大国」から「文化国家」への変貌。

ある意味、「物質文明」から「精神文明」への変化とも言える。ただ、この台詞を耳にしてもうすでに久しい。高度成長を遂げたあたりから、そのフレーズが言われ始めたようだ。戦後、物質的には満ち足りたが、精神的には枯渇してしまった。今後は精神的な豊かさが追求されるだろう、と。すでに70年代に「ゆっくり行こうよ俺たちは」というコピーも現れた。しかし現実はなかなかそうはいかず、経済的合理性を最優先とする競争社会は継続した。

それが変わるようである。
経済国家から文化国家へ。
具体的にはどのようになるのであろうか?
今、世界で話題にされる日本の文化はクールジャパンでありアニメ文化である。その傾向も継続するであろう。我が国は千年以上の歴史を持ち、独特の文化を持っている。そもそもこの国は貧しい国であった。貧しい国ながら、礼儀正しく慈しみ深く謙虚であることが美徳とされた。紙切れ一枚と筆があれば、そこに三十一文字であらゆる心の機微、さらには世界の森羅万象までも表現する文化を持っていた。(だからと言って、和歌や短歌が国際的に流行するということを言っているのではない。あくまで、そういう気味あいであるという喩えである。)

江戸以前の昔、大切とされていたことが大切とされる国になるのではなかろうか。江戸をはるかに遡り平安までと言ってもいい。神仏を敬い、隣人に優しく、慎み深く、謙虚さを重んずる。天同・太陰は、まさに平安貴族そのものだ。だからと言って、江戸や平安に復古すると言っているのではない。そのような心性・文化を大切にする国になるだろうということだ。

天同は「平和・協調・共同・社交・快活・ユーモア」の星である。
太陰は「精神文化・芸術・哲学・文学・母性・女性」の星である。
もともと日本は母性社会な国であるのだが、それがさらに強調される。女性がとても元気になり、女性的な文化が花開くのかも知れない。また太陰は「ロマンチック・神秘」を表す星でもある。我々占い師にも少しは日の当たる社会になるかも知れない(呵々)。

ということで、この占的では命宮中心に読むべきであり、他の宮はあまり重視すべきではないのだが、少しそれらを参考に連想とイメージを広げてみる。

まず、命宮とその三方四正が良好なので、大丈夫。この国はまだまだ繁栄する。遷移宮が身宮に該当し、良好なので、これから真の国際化が進展するだろう。ひょっとしたら移民を受け入れるようになるかも知れない。

財帛宮も良好なので、経済的にも大丈夫。この大震災の被害からも立ち直り、一定の繁栄を続けるだろう。ただ命宮干から飛星させた化忌が財帛宮の太陽に飛ぶので、今までのような勢いはなくなるかも知れない。

子女宮の宮威がとても弱いので、少子化は歯止めがかからず、少子高齢化社会の傾向はますます進展するであろう。草食系がはびこりユニセックス化するか?とも見られるが、天相は落陥を恐れないので、そこまでのことはないだろう。命宮に天同太陰さらに天喜紅鸞の配合があるので、老いも若きも恋の花は多く咲くようである。まさに江戸文化平安文化?

田宅の状態もあまり良くないので、もはや土地が投機に対象となることはないだろう。

いずれにせよ、この国の文化、我々のライフスタイルは大きく変化するようである。

念のため、周易でも卦を立ててみた。
占的:この大震災を機に日本はどのような国になるのか?
得卦:地天泰 五爻変

やはり、とても穏やかな国になるようである。

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【東日本大震災(3)】復興に向けて(卜占)

今、先の大戦と言ったが、20世紀の日本を語るうえで、「戦前と戦後」で分けられることが多い。「戦前と戦後」で日本人の意識・社会のしくみ・経済のしくみが大きく変わった。今後の日本は「3.11以前と以降」で分けて語られることになるかも知れない。それくらい今回の震災はインパクトが大きい。日本の社会や経済のしくみを大きく考え直すことになるだろう。「戦前と戦後」の変化ほど極端なものではないかも知れないが、国の様々な政策はもとより、日本人の意識・ライフスタイルも大きく変わるだろう。

実は今回の地震の直後、「これをきっかけに日本は大きく変わる」と直感した。何がどう変わるという具体的なことまではわからないが、「この国はこれを機に全く違った国になるだろう」という直感があった。

僕は霊感占い師ではないので、それ以上のことはわからない。
しかし僕は術数の徒ではあるので、算を弄ずる者として、それを卜占に問うてみることにする。これからの日本はどのような方向に進んでいくのか、そのために我々は何をなすべきか、を考えるために。

まず、今回の地震盤を出してみる。(すでに多くの諸賢が眺めておられるだろうが。)

2011年3月11日申刻
命宮(未) 最弱(1.0) 天梁(旺) 地刧
兄弟(午) 最強(18.4) 廉貞(平) 天相(廟) 鈴星 天魁 天喜
夫妻(巳) 強(11.3) 巨門(旺) 火星 左輔 天馬 化禄
子女(辰) 強(10.7) 貪狼(廟) 天耗
財帛(卯) 最弱(1.2) 太陰(陥) 天空
疾厄(寅) 最強(15.6) 紫微(旺) 天府(廟) 文昌(陥) 天鉞 天姚 化忌
遷移(丑) 弱(4.7) 天機(陥)
奴僕(子) 最強(14.0) 破軍(廟) 文曲(地) 紅鸞 化科
官禄(亥) 弱(6.4) 太陽(陥) 化権 【身宮】
田宅(戌) 最強(15.7) 武曲(廟) 敬羊(廟) 天刑
福徳(酉) 弱(6.9) 天同(平) 禄存 右弼
父母(申) 強(9.6) 七殺(廟) 陀羅(陥)

命宮の宮威が「最弱」。そしてその対宮三合宮すべてが「最弱」か「弱」。
まさに大災害、大被害を示す命盤である。
遷移宮が天機(陥)で「弱」なのは、交通網・物流の分断、停滞を暗示している。天機が落陥しているので、正確な情報の伝達不足や情報の混乱を暗示している。また、財帛級の太陰が落陥し(太陰は落陥を嫌う)天空が入っているのは、企業活動・経済活動に大きな被害と停滞をもたらすことを語っている。さらに官禄級の太陽も落陥なので、行政・政治・官僚組織に与えるインパクトも大である。

ということで、この盤における象徴は震災の状況とおおむね一致していると見てよい。ということで、さらに読み進めて行くことにしよう。

官禄宮は卜占の場合、公共施設・公的な建物という意味も持つ。
太陽はエネルギーを表し、それが落陥しているということは、エネルギー施設への被害が大きかったことを表現している。また太陽のエネルギーは熱核融合反応によるものである。そこまで連想を広げると原子力発電所の被災という表現を読むことができる。

こう書くと、後づけのこじつけを並べているようだが、地震盤を読むときはこれでいいのである。これは未来予測ではない。地震という事象をどのように捉えどう考えるか、それを象徴というものを利用して見ていくということなので、できるだけ事実と表出された象徴との共時的照応を拾い上げることが大事である。解読を続ける。

官禄宮の太陽は行政上の首長、宰相とも見ることもできるが、予知に繋がってしまう。流言飛語を流すのは本意ではないので、それ以上の考察はここではやめておく。

命宮干から化忌を飛星させると、財帛級の太陰に飛星する。経済や企業活動に対する打撃が大きかったことを物語っている。化禄は遷移宮の天機に飛星するので、分断された交通網や情報伝達の混乱は、比較的早期に回復するようだ。

悲観的なことばかりでなく、この盤から何か救いは読めないか。
奴僕宮が「最強」なので、国民、日本人はこの災害でも決してうちひしがれることはない。なにくそ(破軍(廟))と復興に取り組んでいくであろう。疾厄宮に化忌が入座しているので、国に大きな災厄をもたらしたことが表されているが、宮威が「最強」なので、もうこれ以上(この震災からは)酷い目に遇うことはなかろう。

夫妻宮・兄弟宮・父母宮の状態がよいので、強い連帯と連携を感じられる。人々は手に手を取り合って、この事態に向かおうとしている。諸外国は日本人がこの大災害下にあっても、礼儀正しく助け合う様子を見て賞賛している、という報道を聞く。また、短期間に多額の義援金が集まっているようである。今までのつまらぬ争いや諍いはひとまず棚に上げ、日本人全員でこの苦難に立ち向かおうとしている。どうも復興の鍵はこのあたりにありそうである。確かに、企業活動・経済活動・行政は大きなダメージを受けてはいるが。。

それでは、この大震災を機に、日本はどのように変わって行くのか。どのような国になるのか。僕が感じた直感を確かめるために卜占を立ててみた。

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【東日本大震災(2)】深刻な事態

翌日から、現地の悲惨な状況が報道されはじめる。今現在、死者は1万人を超え、行方不明者を合わせて3万人に達するかもしれないとのこと。阪神大震災をはるかに上回る被害である。

ネットを見ていると、報道に乗らないようなリアルで悲惨な様子が綴られる。阪神大震災の被災地を故郷に持つ僕が、同僚先輩、親戚知人から聞いたその当時の様子と全く同じである。(具体的にはとてもここには書けない。)

僕の会社の社員も、地震翌日は安否不明者が100人近くであったが、幸い次々と社員の安否は確認され、残すところ2名となっている。どうか無事であってほしいと祈るばかりである。

また、工場をはじめ東日本の拠点事業所がいくつも被災し、その機能を停止した。特に石巻や釜石その他沿岸部の事業所は津波をモロに受け、壊滅状態に陥った。
その日から、被災地から遠く離れた西日本にいても、被災した拠点の代替業務のため、休日返上で早朝から深夜まで、イレギュラーな業務で忙殺されている。しかし被災地や被害にあった人たち、被災した事業所を復興させようと奮闘する社員たちのことを思えば、これくらい何ということもない。

しかし、工場のいくつもが停止し、また原材料を供給してもらっているメーカーさんたちの多くが被災し、サプライチェーンが途切れてしまった。しかも物流が十分に機能せず、輸送もままならない。加えて電力不足による計画停電の影響により、被災を免れた東日本の工場も満足に稼働できない状態である。ついに我が社も、製品の出荷を停止するという事態に陥った。目下その対応に追われている。

これは何も我が社だけのことでなく、日本の製造業の多くが同じような事態に陥っている。いち早く新聞等で報道されたのは自動車や電気業界であるが、それ以外の素材・エネルギー・食品・生活・医療など、業界多岐にわたり出荷停止や出荷一時停止という話を聞く。まことに由々しき事態である。

我が社のトップが今回の事態に際し「阪神大震災のときは神戸支社の復興であった。このたびの東日本大震災は、我が社全体を復興させることである。」と語った。まさにそのとおりであると思う。直接の被害に遇った東日本の地域のみならず、日本全体が復興を考えなければならない事態である。未曾有の「国難」でありがんばれ「日本」と言わざるを得ない。

もちろん、被災地で被害に遇った人たち、復興に取り組む人たちは、それこそ大変な苦労と頑張りを強いられているわけであるが、それ以外の地であっても、日本中の企業戦士たちは、一日も早い業務機能回復に向けて奮闘している。今の目の前の業務と役割に打ち込むことが、最大の復興支援なのだと思って。

なんとしてもこの国難を乗り越えなくてはならない。「あの大戦で焼け野原の中から日本は奇跡の復興と高度成長を遂げたではないか。必ず復興できる。」という声も聞こえてくる。そのとおり。必ず乗り越えられるはずである。私の父母は先の大戦を経験した世代なのだが、やはりあの世代は強いな、と思う。僕は「戦争を知らない子供たち」世代ではあるが、その人たちの息子である。みんなで頑張れば、きっと乗り越えられると信じている。

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【東日本大震災(1)】未曾有の災害

今次震災について、今日まで僕はネットには何も書かなかった。いや、書けなかった。書こう、書かなくちゃ、という思いはあるのだが、何も書けなかった。

あまりのもその出来事の凄惨さに息を呑み、言葉をつむぎ出す事ができないでいたのだ。また、僕の勤務する会社も大きく被災し、被災地とは遠く離れた関西の地に居ても、会社の震災対応、業務復興のために忙殺されていたということもあった。

今、ようやく遅まきながら、少し今回の事態について思うことを述べてみる。
まずは、このたびの震災で亡くなられた方には、心からご冥福をお祈り申し上げます。また、被災された方々には、一日も早い復帰を願っています。

  *  *  *  *  *  *  *  *

3月11日、その日の午後、僕はいつもどおり事務所に出勤し、業務をこなしていた。2時半を回った頃、何人かが揺れを感じ「地震だ」と言い、ひとりがインターネットの地震速報を検索しはじめた。

「地震?僕は何も感じなかったぞ。」

生来鈍感なのか、あわただしく動き回っていたので感じなかったのか。
インターネットの情報を見た者が言う。

「東北地方で震度7の地震とあります!」
「え?震度7?」

これは尋常ではない。すぐにその画面をハードコピーするように命じ、社内で関係者に一報を入れ情報を共有する。

その後、情報収集のため、テレビの画面とインターネットの画面を注視する。
津波警報が出てからの現地の状況がリアルタイムに画面に映し出される。
道路の上で右往左往する車。
そこに津波が迫って来る。

「あかんっ!はよ逃げてっっ。」

画面に向かって女子社員のひとりが叫ぶ。

家も、車も、船も、畑も、なにもかもが波に飲まれていく。その様子が、そのまま映し出される。
僕は言葉を失った。

画面が切り替わり東京の様子が映し出される。
東京でも震度5であるとのこと。
何か黒煙が上がる様子や九段会館の前に救急車が停まっているところが映る。
その日、うちのメンバー3人を東京に出張させていた。
急ぎ安否を確認するが、携帯が繋がらない。
もどかしい。

ようやく繋がった、お台場に出張していた女子社員からは
「めっちゃ怖かったです〜。でも無事です。」とのメールが
また、品川に派遣した2人からも無事との知らせが届き、一安心する。
(お台場の社員は結局宿泊場所の上野まで8時間かけて辿り着き
 品川の2人は関西に帰れず、その日は会社の施設で夜明かししたとのこと。)

「仙台支社のオンラインがみな切れています。」

PCを覗き込んでいた部下のひとりが報告する。
東京本社時代の同僚であった仙台支社のM氏の顔が脳裏をよぎる。
彼は無事か?
この地震だ。停電なのだ。
そう自分に言い聞かせる。

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